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DE&I
DE&Iが拓く
ファンド業界の未来
~ANRIが実践する
女性起業家への投資
の数値目標の設定~
JICグループでは、「日本のファンド業界における女性活躍の推進」を、DE&I推進における当面の全体目標として、取組を進めています。その一環として、HPにおいて投資先VCにおける取組事例などを紹介することといたしました。 初回は、JICの投資先で、女性起業家投資に積極的に取り組むANRIの河野純一郎ジェネラルパートナーとEnablement Divisionの佐々木薫さんに、投資後のモニタリング等を担当するJICファンド管理室のメンバーがインタビューしました。
■ANRIの女性起業家への投資率の数値目標設定の背景や具体的な取組について、河野さんに伺いました。
「圧倒的未来」のために、女性起業家投資の先陣を切る
Q. ANRIが取り組む女性起業家投資の目標について教えてください。
河野ジェネラルパートナー(以下「河野」) 2020年に、当時運用していたANRI4号ファンドにおける「女性起業家への投資比率を20%に引き上げる」というポジティブアクション*1を公表しました。そもそもGP(ジェネラルパートナー:ファンド運営者)である佐俣、鮫島、私の3人とも昭和生まれの男性という組織にあって、ジェンダーもジェネレーションも非常に近く、自然と近い属性の投資先が多くなってしまっていました。しかし、それは私たちが目指す「圧倒的未来」ではないと気が付き、自分たちが先陣を切って、女性起業家への積極投資に取り組もうと決めました。
Q. 約1年半で投資先の女性起業家比率20%という目標を達成されましたが、苦労などはありましたか。
河野 結果として20.4%を達成できましたが、単に「女性起業家であること」だけでなく、ファンドとしてしっかり価値を生み出せるかを丁寧に見極めながら進める必要がありました。ANRIはシード投資が中心ですが、その枠にとらわれず、将来の成長が期待できる女性起業家には、私たちの考えるポジティブアクションの趣旨をお伝えした上で、積極的に投資の機会をつくっていきました。こうした取組を続けた結果、今では「投資先の女性起業家比率20%」は、ANRIにとってごく自然な基準として根づいています。
Q. 女性起業家への投資を進めるにあたり、社内や投資家との間で乗り越えるべき課題はありましたか。
河野 社内では、まずはGPが率先して取り組むことで、目標達成に向けた姿勢を見せました。また、週次のミーティングで現状のKPIを全員で確認するなど、目標を常に意識できるような取組をしました。LP(リミテッドパートナー:ファンドへの出資者)に「パフォーマンスを犠牲にして女性起業家に投資しているのでは」と誤解されることもありましたので、女性起業家への投資とリターンは両立すると丁寧に説明しました。
Q. 女性起業家からは、どのような反応がありましたか。
河野 スタートアップ業界の男性に偏った構造に対して、実体験を通じて課題感を持っている女性起業家が多く、歓迎され、応援していただきました。
ANRIは投資家として、女性起業家支援も投資で実行
Q. 女性起業家への投資を目的とした「UNLOCK*2」は、どのような課題感から生まれたのですか。
河野 インターネット投資とディープテック投資では、そもそも女性起業家の比率に差があり、インセンティブや評価と紐づける際に整合性を取るのが難しい場面もありました。また、大型案件や追加投資に投資の予算が偏ることもあるため、予算を別建てにしてプログラム化した方が、より理想的な支援ができると考えました。さらに、女性起業家支援を進める中で、起業家コミュニティにおける女性の数が少ないだけでなく、情報やナレッジの共有において男女間に明確な差があることが見えてきました。男性同士が「飲みに行こう」「ちょっと教えて」と自然に集まっている輪に、女性が自ら入っていくには心理的なハードルを感じることもあります。そこで、情報格差の解消やコミュニティ形成に我々が介在することで、知識を得る機会の不足による、本来なら必要のない苦労を防げるかもしれないと考えて立ち上げたのがUNLOCKです。私たちの本業である投資家として支援するために、勉強会などではなく、投資プログラムとして実施しました。
Q. UNLOCKの中で工夫している点などはありますか。
河野 ANRIが運営するインキュベーション施設「CIRCLE by ANRI(以下「CIRCLE」)」への入居を前提としたプログラムです。創業間もない起業家が集まる中で、情報のシャワーを浴び、刺激を受け合える環境に飛び込むことが重要だと考えています。「自由に話して」と言われても難しいことがあるので、CIRCLE内にあるカフェに「他社のメンバーを誘って交流するとドリンク無料」といった仕掛けを様々つくり、性別や年代を超えてコミュニティが活性化するよう工夫しています。また、UNLOCKというよりは投資先全体における意識についてですが、弊社の代表パートナーである佐俣の「ファミリーファースト」の方針も大事にしています。ベンチャーキャピタルやスタートアップの仕事は家族の理解がなければ安定して続けられません。「世の中を変える」「圧倒的未来を創る」と語るなら、まずは自分の家族を大切にできるかが問われます。そうした文化はANRIの中だけでなく、我々が支援する起業家にも浸透してきていると思います。
Q. ANRIの中には女性キャピタリストもいらっしゃいますが、それがUNLOCKに参加する女性起業家にとって安心感につながっているのでしょうか。
河野 それはあると思います。現在、ANRIには女性キャピタリストが3名いますが、女性同士の方がファーストコンタクトしやすいというのはあるでしょう。一方で、「話しかけにくい」という理由で自分の起業家としての可能性を狭めてしまうのは、もったいないとも思います。だからこそ、アクセスしやすい環境をVC側から作ろうと心がけています。起業家からも、ぜひ恐れずぶつかってきてほしいと思っています。
Q. UNLOCKの成果について教えてください。
河野 おかげさまで優秀な起業家6社に投資することができました。ちょうど採択された企業が次のファイナンスに差し掛かっているところです。私たちが間に入り、「こういう視点で、この事業は広がりがある」と意図をかみ砕いて説明し、他の投資家を巻き込む動きも始まっています。初期から近くにいる私たちが架け橋になることで投資家と起業家の間のお互いの理解の促進をサポートし、企業の成長成功につなげることを目指しています。
Q. UNLOCKの今後の展望を教えてください。
河野 将来的には女性起業家投資プログラムなどがなくても、有望だから投資したら女性の起業家だったという状態にしていきたいです。少しずつ変化は見えてきていると思います。
■女性起業家投資を推進するANRIの社内のDE&Iの推進について、佐々木さんに伺いました。
DE&Iの課題を“自分事化”
Q. 女性起業家投資の目標達成には、社内のDE&Iの理解が欠かせないと思いますが、ANRIでのDE&I推進はどのように始められましたか。
佐々木 昨年4月にDE&I推進のための社内プロジェクトを立ち上げました。背景には、女性起業家への投資比率20%という目標を掲げる中で、組織全体の知識の底上げと、課題を“自分事化”できるようにすることを目的として進めてきました。河野からも「何気ない一言がキャリアやファンドのレピュテーションに傷をつける可能性がある」とのアドバイスがあり、アンコンシャスバイアス研修など様々な全員参加型の研修を継続的に実施し、理解と知識の底上げを図っています。
Q. 具体的には、どのような施策を実施されていますか。
佐々木 外部研修を年3から4回実施していますが、単なる座学で終わらせないよう、知識や情報に触れるタッチポイントを増やす工夫をしています。毎週月曜15時からは業務時間内に「ゆるカフェ」という場を設け、DE&Iや日常の違和感について自由に話せる時間をつくったり、映画イベントなど参加しやすい企画を取り入れたりしています。
Q. アクティブバイスタンダー(行動する傍観者)研修なども実施されていますね。
佐々木 ロールプレイを通じて、例えばイベントでハラスメントを受けて困っている人をどう助けるかなど、実際のシチュエーションを体感することで、難しさやもどかしさを学んでいます。年齢やジェンダーを固定せず、役割をシャッフルすることで、自分とは異なる立場を体感できる設計になっており、参加者が“自分事”として状況に入り込めるよう工夫された、非常に有意義な研修でした。
Q. 特に反響のあった勉強会はありますか。
佐々木 昨年実施したLGBTQ+に関する研修は、特に反響が大きかったです。講師とは事前に打ち合わせを重ね、社会情勢やビジネスとの接点を意識した内容にしました。研修後には毎回アンケートを実施しています。参加者の課題意識も回を重ねるごとに自分事化されてきており、研修は単なる知識習得の場ではなく、キャリアや組織の信頼を守るための重要な取組として、社内にも浸透してきていると感じています。
*1 ポジティブアクションとは、一義的に定義することは困難ですが、一般的には、社会的・構造的な差別によって不利益を被っている者に対して、一定の範囲で特別の機会を提供することなどにより、実質的な機会均等を実現することを目的として講じる暫定的な措置のことをいいます。(出典:内閣府男女共同参画局)
*2 UNLOCKはANRIによる女性起業家特化投資プログラムです。詳細はこちらをご参照ください。
(本文中の所属・役職は取材当時のものです。)