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DE&I
DE&Iが拓く
ファンド業界
の未来
~VCマネージャー
と考える
女性キャピタリスト
の可能性~
JICグループでは、「日本のファンド業界における女性活躍の推進」を、DE&I推進における当面の全体目標として、取組を進めています。その一環として、HPにおいて投資先VCにおける取組事例などを紹介することといたしました。 第2回は、JICの投資先で、女性キャピタリストの採用と育成に積極的に取り組む株式会社MPower(以下「MPower」)のキャシー松井ジェネラルパートナー、Beyond Next Ventures株式会社(以下「BNV」)の植波剣吾代表取締役ジェネラルパートナー、JICの秦由佳執行役員ファンド投資室長の座談会をご紹介します。
若いスタートアップにDE&Iの価値観を実装
秦執行役員ファンド投資室長(以下「秦」) JICは24年12月、スタートアップ業界や投資業界におけるガバナンス体制の整備やDE&I 推進を目的として、行動規範・倫理規範、ハラスメント防止規程の制定を出資要件としました。また、VC(ベンチャーキャピタル)業界では女性キャピタリスト(投資担当者)が非常に少なく、意思決定に携わる女性はほとんどいないという現状を踏まえ、「日本のファンド業界における女性活躍の推進」をJICグループのDE&I推進の全体目標として、具体的な数値目標を設定しました*1。DE&Iは倫理的な取組というだけでなく、競争力の源泉としてとらえていく必要があると考えています。BNVでは女性キャピタリストの採用を積極的に進めていらっしゃいますね。
植波代表取締役ジェネラルパートナー(以下「植波」) 2014年にBNVを設立し、ディープテック領域のスタートアップにフォーカスしてシード段階から投資を行っていますが、創業当初から異なる専門性を有するメンバーに仲間になってもらうことを意識しています。2021年にインド人のメンバーを採用したことがきっかけで、多様性が新たな視点をチームにもたらしてくれることを実感し、ジェンダーの多様化も進めていきたいと考えるようになりました。大学の理系学部における女性比率は約2割であることから、キャピタリストも少なくとも2割が女性であることが自然だと考え、2023年に2割を目標に設定し、翌年達成しました(フロント15名のうち、女性3名)。
秦 目標を設定することで、採用に対するスタンスが明確になり、意識も変わったということですね。
植波 自然体で採用活動を進めると男性候補者の数が多くなるので、女性でディープテック領域に関心のある方を対象としたイベントを行ったり、人材エージェントにダイバーシティ採用を強化する方針を伝えたりすることで候補者との接点を増やし、採用面談の段階でも、意識的に女性比率を高めました。
秦 MPowerは女性3名がトップということで、自然体でDE&Iに取り組めている印象があります。
キャシー松井ジェネラルパートナー(以下「松井」) MPowerはESG重視型のグローバルVCであり、戦略ポリシーのひとつとしてDE&Iに取り組んでいます。ベンチャー投資にESGが必要なのかと聞かれることもありますが、前職で30年間、国内上場株を分析してきた経験から、組織も人間と同じで、ある程度、成長してから変わることは難しいと痛感しました。そこで、ファンドを立ち上げるときに、ティーンエイジャー(10代)のようなスタートアップの段階でESGやDE&Iの価値観を実装することで、より成長を加速させることができるのではないかという仮説を立てました。具体的には、投資決定前にESGに関する覚書を作成し、投資先にとって重要なESG項目を選んでいただき、投資後はMPowerが投資先のESGの取り組みに伴走していく形を取っています。
秦 松井さんがこれまでのキャリアを通して、意識されてきた取組はありますか。
松井 クリエイティブな発想を得るために、性別だけでなく、キャリアのバックグラウンドなども含めて、多様性のあるチームづくりに取り組んできました。会議などでは、発言していない参加者にも発言を促すことで、平等に意見を言える場を提供し、なるべく全員の意見を取り入れることを意識しています。また、私自身の秘密のテクニックもひとつご紹介させていただくと、前職では、米国本社との会議は日本では子どもをお風呂に入れて、寝かせる時間帯になることが多かったため、予めアジェンダに目を通し、1、2問質問を準備し、最初に質問をして、その後は子どものケアをしながら会議に参加していました。私の場合はそういった形で、積極的に参加する姿勢を見せられたのではないかと思いますが、女性は完璧なコメントをしなければという意識が強い傾向にあると思いますので、その壁を壊す手助けが必要かなと思います。
キャピタリストの育成はハイブリッド方式
秦 採用後の定着はさらに重要です。BNVで工夫していることなどはありますか。
植波 DE&Iに関する外部アドバイザーも活用し、育児や介護などとキャリアを両立できるように、フレックスワークやリモートワークを導入するなど、働き方改革を継続的に進めています。また、これは女性に限りませんが、投資業務の経験のないメンバーが入社することも多いので、定着のためには育成の観点も重要であると考えています。共同代表の伊藤と私は新卒でVCに入社して業務未経験の状態から様々な投資実務経験を積んできたので、投資経験の浅いメンバーのつまずきやすいポイントや、投資実務の習熟のために意識すべきことなど、我々自身の実体験に基づいたサポートをしながら育成を進めています。
秦 DE&Iへの意識が高まることで環境が改善され、人材の定着に結びつけていくという素晴らしいサイクルですね。メンター制度など、女性を定期的にサポートする仕組みはありますか。
松井 明確なメンター制度は設けていませんが、小さな組織なのでGPやパートナー全員がメンターのような役割を果たしています。VCを「寿司屋」と評する方もいるように、投資業務は見て覚えるといったところがありますが、若手の女性キャピタリストにヒアリングを行うと、5年先、10年先を見据えて、具体的にどのようなステップ踏んで次のレベルに進めるのかを、評価軸と併せて明確に示してほしいという声が多くあります。確かに、大企業なら自然体でキャリア設計をイメージしやすいですが、VC業界においてはジェンダー関係なく、成果が出るまでに一定の時間を要することから、自身のキャリア設計をイメージしづらい部分があります。そこで、1対1の面談を定期的に設け、一定の期間に何を達成するかを一緒に考え、アソシエイトからバイスプレジデント、プリンシパル、パートナーとステップアップするにあたり、会社としての評価軸を明確にするように心がけています。
秦 キャリア設計の解像度を高めるコミュニケーションを取ること、マイルストーンを示すことは重要ですね。VC業界でも新しい形のコミュニケーションが求められていると感じますが、この辺りはVCのトップも悩まれているのではないでしょうか。
植波 細やかなコミュニケーションを取ることと、昔ながらの見て覚えるという方法をハイブリッドさせる形で育成を進めています。VCの仕事は経験がものを言う部分もあり、座学では学べないことも多くあります。例えば、起業家と対峙するとき、状況に応じて、この場面ではどのように話すのがよいかなどは、経験豊富なメンバーの言動を隣で見て学ぶ要素が大きいと思います。また、採用した人材の育成や定着を考えると、定期的にコミュニケーションの機会を設けることで、本人のキャリア展望やプライベートとの両立に関する悩みなどを上手く汲み取り、一緒に考えながら進めていくことが重要だと考えています。そのため、パートナー、人事担当、レポートラインの異なるメンバーとの定期的な面談の仕組みを構築し、運用しています。先ほどキャリアにおけるマイルストーンの話がありましたが、VC投資という仕事は、投資してから実際にリターンを得るまでに5年から、長い時は7年、10年かかる案件もあるため、その途中段階でどのように個人の業績を評価するかは工夫が必要で、この点は試行錯誤しながら対応しています。
秦 投資経験のない人材を意思決定ポジションまで育成するには長い時間が必要になると思いますが、いかにして意思決定に携わる女性を増やせるでしょうか。また、どうすれば育成期間を短縮できるでしょうか。
植波 VCファンドに資金を預けてくださるLP投資家は、当該ファンドの意思決定者に投資判断を任せられるだけの能力や経験があるのかを判断するため、原則として、その人物個人の投資のトラックレコードをしっかりと確認されると認識しています。一方、投資でリターンを出すまでにはジェンダーに関係なく時間を要します。正攻法だけで取り組むのではなく、例えば、ソーシングや投資先のバリューアップなどにおいて、投資リターンに比肩するような実績を示すことによっても、意思決定者に相応しいとお示しできる余地はあるのではないかと考えています。これは、VC業界に女性の意思決定者が少ない中、ひとつの解決策になりうるのではないでしょうか。
多様性が投資成果を押し上げる経済合理性に基づいた議論を
秦 業界で女性の意思決定者を増やすことのメリットについては、どのようにお考えですか。
植波 ジェンダーだけでなく、意思決定の場に多様なバックグラウンドのメンバーがいることで、意思決定の質をあげていくことがポイントだと思います。
松井 米国でもVC業界では男性が圧倒的にマジョリティですが、ハーバードビジネススクールがVCにおける投資チームの構成と成果を分析した結果、多様性の高いチームにリターンの高さが顕著に見られたとの研究を発表し、大変話題になりました。経済合理性がなければ、DE&Iに真剣に取り組む意欲も生まれないかもしれませんが、DE&Iによりパフォーマンスが向上するという経済合理性が示されました。DE&Iへの取組の重要性をトップが理解することはもちろんですが、組織にどう浸透させていくかが今後の課題だと思います。
秦 経済合理性を示すという意味でも、女性キャピタリストならではのバリューを出すことが重要だと思います。マジョリティの意見に迎合せず、新しい意見を出すことで、ファンドの投資活動におけるスクリーニングのプロセスが豊かになり、パフォーマンス創出にも繋がっていくと思います。
松井 異なる意見を出すことによって生まれる摩擦を、どう扱うかという課題もありますが、例えば、採用に関しても、あえて組織にカルチャーフィットしなさそうな方に仲間になっていただくというのも多様性の観点では必要かもしれません。投資委員会で意見が分かれた案件の方が、突出したリターンが出るということもVC業界ではよくありますから、突き抜けた発想をもたらしてくれる人材が大切です。
ユニークな起業家に応えるには、多様なキャピタリストが必要
植波 リスクを取って挑戦する起業家には、ユニークな発想や突出した行動力など、個性の強い人材が多いことから、彼らと対峙していくVCにもキャピタリストの多様性が必要だと考えています。ディープテック領域では、最初のプロジェクトリーダーである大学の研究者と、キャピタリストとでは、より考え方のギャップが大きいのではないかと考えており、異なるバックグラウンドや知見、専門領域のメンバーがいることの重要性はより大きいと思います。なお、同じジェンダーのキャピタリストの方が相談しやすい、という研究者からの声を聞くことがあり、キャピタリスト側にもジェンダーの多様性が求められていると実感しています。一方で、VCとしてはジェンダーにかかわらず、誰もが相談しやすい環境を整えていくことが重要だと考えています。
松井 女性起業家が少ない要因の一つに、投資家側にも女性が少ないということもありますね。キャピタリストの採用に関しても、日本も米国も名門大学や投資銀行、コンサル等の出身者を採用することを前提としていますが、その結果、同質性の高い組織となり、イノベーションが起こりづらいという結果を生んでいる側面もあるのではないでしょうか。
秦 起業家、投資家の双方において多様性が必要というのは重要な観点ですね。BNV、MPowerともに先進的なDE&Iの取組を進めていらっしゃいますが、業界全体の取組はどのようにご覧になっていますか。
松井 私は日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)のDE&I室長を務めさせていただき、昨年、会員企業を対象に、2度目のDE&I調査*2を実施しましたが、道半ばだと感じています。女性キャピタリストや起業家を増やすためには、スタートアップ業界で活躍する女性の存在を実際に目にしてもらうことも大切です。MPowerとしては、スタートアップ関連のイベントに登壇する際、登壇者のうち、20%をマイノリティの方で構成するようお願いし、登壇者を推薦することもあります。また、研修も役立つと思います。JVCAの研修では参加者に適した内容になるよう、外部のコンサルタントに依頼し、VC業界の課題をご理解いただいたうえで、丁寧にコンテンツを作成しています。研修後、チームに適切なフィードバックを行い、組織として改善に取り組んでいくことを繰り返すことが重要だと考えます。
秦 BNVでもDE&I推進に向けた具体的な取り組みを進めていらっしゃいますね。
植波 我々の活動を知ってもらうための発信には従来から力を入れているのですが、弊社の女性キャピタリストの活動に関する発信や、投資先スタートアップの意思決定層やそれに近いポジションで活躍されている女性リーダーを紹介するイベントの開催などを継続して実施することで、多様なロールモデルを提示していきたいと考えています。
採用のあり方や育成環境、トップの意識が女性キャピタリストの可能性を引き出す
秦 最後にVC業界を目指す女性にメッセージをいただけますか。
植波 卓越した挑戦者である起業家とともに未来の社会を創ることのできるVCという仕事が大好きで、新卒でVC業界に飛び込んで以来一貫してこの仕事を続けていますが、昨今、スタートアップやVCへの注目の高まりから、業界への参加者も大きく増え、エコシステムの進化を強く実感しています。ステークホルダーの多様化は更に進んでいくと思いますので、業界に新たな風を巻き起こすような経験や強みを有する方にぜひ仲間になっていただきたいと思っています。
松井 VCは未来を一緒に創れる仕事です。社会が直面している深い課題を解決できる、新しい技術で世界を変えられる、こんなエキサイティングな仕事があるのかと思うくらいです。VC業界は外から見るとブラックボックスで、キャリアをイメージしづらい部分もあり、加えて、投資業務はソーシングから投資実行、投資後支援と様々なスキルが必要な仕事ではありますが、幅広い経験を通じて専門性を高め、キャリアを一から構築できる場です。今後、VC業界で女性は自然体で増えていくと思いますが、意思決定者が増えるかどうかは日本のVC業界にとってチャレンジだと思います。JICの出資要件にDE&Iやガバナンスに関する項目が加わったことで、LPやアセットオーナーの世界に大きな刺激を与えてくれたと思いますので、より大きなムーブメントにつながることを期待しています。日本のVC業界は少しずつ変わっていけると希望を持っています。
秦 貴重なメッセージをいただきありがとうございます。女性は社会課題に対して、本能的に行動を起こせるジェンダーだと思います。また、チームメンバーから「LP投資は総合格闘技のような仕事だ」と言われたことがありますが、これはVCにも通じることで、ネットワーキングや課題分析、数字の扱いなど多様なスキルが求められることから、キャピタリストは女性に向いている仕事だと思います。だからこそ、採用のあり方や職場環境の改善、トップのコミットメントにより、女性の力が十分に発揮されれば、結果としてVCのパフォーマンスの最大化につながると確信しています。本日の議論をVC業界の皆さまと共有し、女性活躍推進に共に一層取り組んでいければと願っています。
*1 JICグループのDE&I推進に関わる目標
JICグループがその投資先の国内ファンド(国内に投資拠点を有するファンド)全体で達成する目標:
(1)10年後に投資先ファンド全体で女性の投資担当者が40%
(2)10年後に投資先ファンド全体で意思決定者に女性を含むファンドを全体の20%(国内投資先運用会社全体における、女性意思決定者を含む運用会社の割合)
グループ全体の構成:
(1)2030年までに、グループ全体における女性比率を40%以上
(2)2030年までに、グループ全体におけるフロント職員の女性比率を30%以上
(3)2030年までに、グループ全体における経営あるいは投資活動における意思決定に関わる者の女性比率を30%以上
※進捗については、こちらをご参照ください。
*2 日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)によるダイバーシティ(DE&I)調査。詳細はこちらをご参照ください。